はじめに
機械設計では、図面を描く力がとても大切です。
寸法を入れる。
公差を指定する。
材質を決める。
表面処理を指示する。
組立図や部品図を作成する。
これらは、機械設計に必要な基本的な作業です。
しかし実務では、図面がきれいに描けているだけでは十分ではありません。
その図面をもとに、実際に部品を加工する人がいます。
加工された部品を組み立てる人がいます。
完成した機械を使う人がいます。
そのため設計者は、図面を描くときに
この形状は加工できるのか
加工しにくい形になっていないか
必要以上にコストが上がらないか
加工者に意図が伝わる図面になっているか
を考える必要があります。
今回からのシリーズでは、
「機械設計に必要な加工知識の基本」
として、設計者が図面を描く前に知っておきたい加工の考え方を解説していきます。
加工を知らないと作りにくい図面になりやすい
CADを使えば、複雑な形状でも簡単に描くことができます。
深い溝、細い突起、薄いリブ、内側の直角、複雑な曲面なども、画面上では問題なく作れます。
しかし、CADで描ける形状が、そのまま加工しやすい形状とは限りません。
実際の加工では、工具を使って材料を削ったり、穴をあけたり、曲げたり、溶接したりします。
そのため、
- 工具が入らない
- 加工方向が悪い
- 材料を固定しにくい
- 薄くて変形しやすい
- 溝が深くて工具がたわむ
- 曲げ加工の順番が成立しない
- 溶接トーチが入らない
といった問題が起きることがあります。
設計者が加工方法をまったく意識せずに図面を描くと、加工者から確認が入ったり、形状変更が必要になったりします。
加工知識は、加工者になるためだけの知識ではありません。
設計者が、作りやすい図面を描くために必要な知識です。
図面上では小さな違いでも加工費は変わる
設計者から見ると、少し形を変えただけに見えることがあります。
たとえば、
- 穴を少し深くする
- 溝を少し細くする
- 内角を直角にする
- 公差を少し厳しくする
- 板厚を厚くする
- 材質をステンレスに変える
- 表面粗さを細かく指定する
こうした変更は、図面上では小さな違いに見えるかもしれません。
しかし加工現場では、加工方法、工具、段取り、測定、仕上げ、材料手配が変わることがあります。
たとえば、通常のエンドミルで加工できる形状なら比較的作りやすいですが、内側の完全な直角を求めると、追加加工が必要になる場合があります。
一般的な穴加工で済むところを深穴にすると、工具の剛性や切粉の排出を考える必要があります。
必要以上に厳しい公差を入れると、加工だけでなく検査にも手間がかかります。
つまり、図面上の小さな指定が、加工費や納期に大きく影響することがあります。
設計者は、寸法や形状を決めるときに、その指定が加工にどう影響するかを考えることが大切です。
加工方法によって得意な形が違う
加工には、いろいろな方法があります。
代表的なものとして、
- フライス加工
- 旋盤加工
- 穴あけ加工
- タップ加工
- 板金加工
- 溶接
- 製缶加工
- 研削加工
- ワイヤーカット
- 放電加工
などがあります。
それぞれの加工方法には、得意な形状と苦手な形状があります。
たとえば、旋盤加工は丸物部品に向いています。
シャフト、カラー、スペーサ、ローラなどの回転対称形状は、旋盤加工で作りやすい部品です。
一方で、丸物部品に横穴や平面加工が多く入ると、旋盤だけでは完結せず、追加工程が必要になります。
フライス加工は、平面、段付き、溝、ポケット形状などに対応しやすい加工です。
ただし、内側の角には工具径によるRが残ります。
板金加工は、薄板を切って曲げる部品に向いています。
しかし、曲げ線の近くに穴があると変形しやすく、曲げ順序によっては加工できない形状もあります。
このように、加工方法によって向いている形状は違います。
設計者は、部品形状を考えるときに、どの加工方法で作るのかを想像する必要があります。
加工を考えると形状をシンプルにできる
加工知識があると、部品形状をシンプルにしやすくなります。
初心者のうちは、機能を満たすために形状をどんどん作り込んでしまうことがあります。
しかし、よく考えると
- この溝は本当に必要か
- この段差はなくせないか
- この角は直角でなくてもよいのではないか
- この部品は分割した方が作りやすいのではないか
- この公差は本当に必要か
- この削り出し形状は板金や製缶で代用できないか
と見直せる部分があります。
形状がシンプルになると、加工しやすくなります。
加工しやすくなれば、コストを抑えやすくなります。
納期も安定しやすくなります。
加工ミスや確認事項も減らしやすくなります。
もちろん、機能上必要な形状を無理に省略してはいけません。
大切なのは、必要な形状と不要な形状を分けて考えることです。
加工を意識することで、無駄に複雑な図面を減らすことができます。
加工者に伝わる寸法を入れやすくなる
加工知識は、寸法の入れ方にも関係します。
部品図では、必要な寸法が入っていればよいように見えます。
しかし実務では、加工者がどこを基準に加工するか、どこを測定するかを考えて寸法を入れる必要があります。
たとえば、穴位置寸法をどこから取るのか。
基準面はどこなのか。
重要な寸法はどれなのか。
加工順序として測りやすい寸法になっているのか。
これらが整理されていないと、加工者が迷う図面になります。
寸法が足りない図面はもちろん問題ですが、寸法が多すぎる図面も見にくくなります。
また、基準がばらばらだと、どこを正として加工すればよいのかわかりにくくなります。
加工を知っている設計者は、
加工者がどこを基準にするか
どの寸法が重要か
どの寸法は一般公差でよいか
を考えながら寸法を入れられます。
これは、現場に伝わる図面を描くうえでとても重要です。
公差の必要性を判断しやすくなる
加工知識があると、公差の考え方も変わります。
初心者のうちは、精度が良い方が安心だと考えて、必要以上に厳しい公差を入れてしまうことがあります。
しかし、公差を厳しくすると加工費が上がります。
加工者は、その寸法を守るために慎重な加工を行い、測定も必要になります。
場合によっては、加工方法そのものを変える必要があります。
もちろん、公差が必要な部分はあります。
たとえば、
- 位置決めに関係する穴
- ベアリングが入る穴
- 軸とのはめあい部
- 摺動する面
- 組立精度に影響する基準面
などです。
一方で、機能に関係しない外形寸法や、多少ばらついても問題ない部分まで厳しくする必要はありません。
加工を理解していると、
どこに精度が必要か
どこは一般公差でよいか
どこを厳しくすると加工費が上がるか
を判断しやすくなります。
公差は、図面を難しくするためのものではありません。
機能上必要な精度を、加工者に伝えるためのものです。
材料と加工性の関係が見えてくる
加工知識は、材料選定にも関係します。
同じ形状でも、材料が変わると加工のしやすさが変わります。
鉄、ステンレス、アルミ、樹脂では、それぞれ特徴があります。
たとえば、鉄は強度があり、一般的な機械部品でよく使われます。
ステンレスは錆びにくい反面、加工に手間がかかる場合があります。
アルミは軽く加工しやすいですが、傷や変形、ねじ部の耐久性に注意が必要です。
樹脂はワークを傷つけにくい用途に使えますが、温度や摩耗、変形を考える必要があります。
材料は、強度や錆びにくさだけで決めるものではありません。
加工性、入手性、表面処理、コストも含めて考える必要があります。
加工を意識して材料を選ぶと、作りやすく、使いやすく、コストも過剰になりにくい設計に近づきます。
加工知識があると現場との会話がしやすくなる
設計者が加工知識を持っていると、加工者や組立者との会話がしやすくなります。
たとえば、加工者から
「この溝は少し広げられませんか」
「内角にRが残ってもよいですか」
「この公差は本当に必要ですか」
「この穴位置だと工具が入りにくいです」
「この板金形状は曲げ順序が厳しいです」
といった相談が来ることがあります。
そのときに、加工方法の基本を知っていれば、なぜその指摘が出ているのか理解しやすくなります。
また、機能上変更してよい部分と、変更してはいけない部分を判断しやすくなります。
設計者と加工者の会話がスムーズになると、手戻りを減らせます。
図面を描いて終わりではなく、製作現場とやり取りしながら、より良い形にしていくことも機械設計では大切です。
加工しやすさはコストと納期に直結する
加工しやすい図面は、コストと納期にも良い影響があります。
加工しにくい形状は、加工時間が長くなります。
特殊工具や追加工程が必要になることもあります。
測定や仕上げに手間がかかる場合もあります。
その結果、加工費が上がり、納期も長くなりやすくなります。
反対に、加工しやすい形状であれば、標準的な工具や設備で対応しやすくなります。
段取りも少なくなり、加工時間も抑えやすくなります。
もちろん、安くすることだけを目的にして、必要な機能や品質を落としてはいけません。
大切なのは、
必要な機能を満たしながら、作りにくい形状を避けること
です。
加工しやすさを意識することは、品質を下げることではありません。
むしろ、安定して作れる図面にするための重要な考え方です。
設計者が知っておきたい加工知識
設計者が最初に知っておきたい加工知識としては、次のようなものがあります。
- 切削加工の基本
- フライス加工で作りやすい形状
- 旋盤加工で作る丸物部品
- 穴加工とタップ加工
- 内角Rと逃げ形状
- 深い溝や細い溝の注意点
- 薄肉形状の変形
- 公差と加工費の関係
- 面取りとバリ取り
- 表面粗さの考え方
- 板金加工の基本
- 曲げ加工の注意点
- 溶接とひずみ
- 製缶部品の後加工
- 材料取りと標準材
- 加工基準を考えた寸法記入
- 加工者に伝わる注記
これらをすべて職人レベルで理解する必要はありません。
設計者として大切なのは、加工現場で何が起きるのかを想像できることです。
加工方法の基本を知っているだけでも、図面の描き方や形状の考え方は大きく変わります。
初心者が意識したいポイント
加工知識を設計に活かすためには、まず次のような点を意識するとよいです。
- その形状は本当に必要か
- どの加工方法で作るのか
- 工具は入るのか
- 加工基準はわかりやすいか
- 深すぎる溝や細すぎる形状はないか
- 内角にRが残っても問題ないか
- 薄くて変形しやすい部分はないか
- 公差を厳しくしすぎていないか
- 材料は加工しやすいか
- 標準材で作れるか
- 加工者が迷わない寸法になっているか
- 注記があいまいになっていないか
最初から完璧に判断する必要はありません。
ただし、CAD上の形だけを見て終わりにせず、実際にどう作るかを考える習慣を持つことが大切です。
まとめ
設計者が加工知識を持つことは、作りやすい図面を描くうえで非常に重要です。
CADで描ける形状でも、実際には加工しにくい場合があります。
加工を知らずに図面を描くと、
工具が入らない
加工費が高くなる
公差が過剰になる
加工者に意図が伝わらない
形状変更が必要になる
といった問題につながることがあります。
加工知識があると、形状をシンプルにしやすくなり、必要な公差と不要な公差を判断しやすくなります。
また、加工者との会話もしやすくなり、手戻りを減らしやすくなります。
良い設計とは、図面上で形が成立しているだけではありません。
加工できること
作りやすいこと
必要な精度が伝わること
コストや納期が過剰にならないこと
まで考えられた設計です。
次回は、
「切削加工とは何か|削って形を作る基本」
について解説します。
